2017/05/13

スポンサーリンク
あけましておめでとうございます。
新年特集、「終わりの兆候①」の続きです。
ここからネガティブ度も加速していきます。
買物が面倒臭い
買物が面倒臭い!?
...でも、考えてみれば確かに、分らんでもないです。
競合、類似商品が多くて、「どれが良いのか?」とか調べ始めるとすごく時間がかかって、最終的に面倒臭くなって「これで良いや」とか判断しちゃう事ありますね。
家族や友人の話を聞くと、どうも私などは比較的そういった吟味を苦手としないタイプのようなのですが、それでもそういう事がある訳です。
移住地探しの末に、岡山のこの場所に決めたのも実はそんなノリだったりします。
正直、「すごく気に入った」とかではないのです。
「渡りに船だし、もうとりあえずココで良いか」的な。
そのように、確かに身に覚えがある事でしたが、改めてハッキリ「買い物が面倒臭い」等と言われると、ハッとします。
「資本主義もとうとうここまで来たか」という感じですね。
資本主義が共産主義より強かった理由って、「欲望」(消費)をエンジン・原動力にして、開発や生産をドンドン加速出来た事じゃないかと思っていたのですが、その「消費」がもはや原動力にならず、ただ負担になっているって、もうドン詰まりだとは思いませんか?
要するに、「馬の目の前に吊るしたニンジン」が効果を失ってきたという事だと思うのです。
挨拶するの禁止ルール
これも時の流れか「挨拶をするの禁止にしませんか」その提案に賛同が集まる
マンション内でのルールの話ですね。
これも「とうとうここまで来たか」という感じですが...
「買物が面倒臭い」同様、改めて言われるとそう思うという事です。
見出しを見ると「エッ!?」と一瞬困惑するものの、考えてみれば都会のマンションなんてそもそも挨拶する人等どれくらいいたのか?
「隣にどんな人が住んでいるか知らない」等珍しくもないでしょう。
隣で人が死んだって殺人があったって気が付かないとかね。
スラム化する限界マンション
マンションつながりで次の話題いきますよ。
さあ、ネガティブ度どんどん上がっていくよ~。
にわかには信じがたい「日本もとうとうここまで来たか」という話です。
北斗の拳の世界の始まりか!?
中国笑えないよ~
元記事のインパクトが強烈なので引用が多いです。
【戦慄のルポ】いま全国の「限界マンション」で起きていること 建物と住民の老化でスラム化
入居世帯の過半が不在となり、結果的に管理組合の機能が麻痺してしまった。
共用部の電気代の支払いが止まって、エレベーターは動かなくなり、屋上の貯水タンクへの水の供給が停止。居住が不可能になりました。
多くの住民が出ていってしまい、浮浪者や不審者のたまり場となり、荒れに荒れた。不審火による火災が発生して全焼した部屋が丸焦げのまま放置されていたり、白骨化した変死体が発見されたりと、酷い有り様でした。
経済的な事情で出ていくことのできなかった高齢の住民は為す術もなく、相当な苦労をされたと思います」
いまでこそ、外壁は塗り直されているが、かつては一面がペンキの落書きだらけだった。混乱に乗じて暴力団事務所が入居したという部屋のドアには、発砲事件の弾痕がいまも残る。
現在は、全住戸の半分ほどに住民がいるとはいえ、屋上には今もゴミが散乱し、壁のところどころには、また新たな落書きがなされている――。
にわかには信じがたい光景。だが、今後、こうした管理不全による「スラム化マンション」が、日本全国で急増する可能性が高い。
日本に分譲マンションが登場したのは、’50年代の終わり頃で、高度成長期にはさらに増加した。そうした初期のマンションは、現在、築年数で50年から60年を迎えています。
管理組合が存在しないところも多く、いつしか日常的な管理すら行われなくなり、あらゆるところに不具合が出ている。『いまにも倒壊しそう』というほどの例は、都内ではまだありませんが、今後20年でどんどん増えていくでしょう」
「昔は子供もいっぱいいたけど、いまはもう年寄りばかり。ここ数年で知り合いだけで十数人が亡くなった。なかには、部屋の中で倒れて、死後2週間以上経ってから発見された人もいた。
団地全体だと孤独死の話はしょっちゅう聞きます。皆どこかしら体を悪くして、病院に行く以外は家に引きこもっている。自治会の役員もなり手が少なく、あと5年もしたら、運営が成り立たなくなりますよ」
「修繕がおろそかになっていたマンションの外壁コンクリートがボロッと剥がれて、歩道に落下したなんていう事故は、全国各地で毎日のように起こっています。取り返しのつかない大事故がいつ起きてもおかしくない」
実際’09年には、沖縄県浦添市の住宅街にある築35年(当時)の老朽化マンションで、長さ約15メートルの廊下が崩落する事故が起きている。早朝5時という時間帯だったため、けが人はいなかったが、下敷きになった軽自動車はペシャンコにつぶれ、大惨事になる恐れもあった。
「まともなマンションなら年に数回は行われる給排水の高圧洗浄ができなかったので、しょっちゅう水が詰まるようになりました。屋上にある受水槽の清掃もしておらず、水質検査が必要なのですが、その費用さえなかった」
そのうち下水も詰まって、汚物が逆流し、お風呂場に溢れるようになった。悪臭なんてもんじゃない。
もう地獄です。仕方がないから、吐き気を抑えながら、誰のものかもわからぬ汚物を風呂桶ですくってはゴミ袋にためて捨てに行く。
結局修理してもらうために、業者を呼ぶことが決まったのですが、長年の老朽化で、『洗浄時に破損するリスクがあるから』といってほとんどのところに断られてしまい、途方に暮れました」
取材時もちょうど配管にひびが入り、ガス漏れが発生。
「結局、マンションは自分たちのものなので、他人が助けてくれることを期待してはいけません。行政が支援するといっても、出来ることは限られる。他の住人に任せきりにするのではなく、早いうちから管理組合の状況を把握した方がいい。
資産価値を下げないために積極的に管理組合に関与することが、ひいてはスラム化を防ぐ第一歩です」
「限界マンション」の現実は、決して他人事ではない。
この文章の締めくくり...
「挨拶禁止マンション」の行く末が脳裏によぎりました。
陰湿な感じで「北斗の拳の世界」化が進行している?
北斗の拳と言えば容赦ない「弱肉強食」「力が支配する世界」
主題歌には「優しさ忘れた顔など見たくはないさ。愛を取り戻せ。」等といった歌詞。
そんな世界観の作品ですが...
スポンサーリンク
あの世界のようなワイルドな荒れ方ではなく、もっと地味に陰湿に「容赦ない」世界になりつつあるのかも?
マタニティマークは危険!?
マタニティマークが付けられない…なぜ妊婦が萎縮する社会になったのか
妊婦さんたちは「妊婦だと知られることが怖くて、安易には付けられない」というのだ。
Twitterのまとめサイトには、妊婦だということで『故意に足をかけられた』『お腹を殴られた』『ホームに突き落とされた』と、信じられないようなコメントが並ぶ。そのほとんどが、誰もが乗る公共交通機関での出来事だ。
何よりも驚いたのは、彼女たちが萎縮していて『妊婦で申し訳ない』という気持ちを持っていたことだ。
「私が通っていた病院では、マタニティマークは付けないようにと指導されました。自治体からの配布はありましたが、トラブルが多いということもあって、『すぐに出せるようにしておいて、ものすごく具合が悪くなったときのみ出すように』という指導でした。
超少子高齢化が進み、未だにその対策ができていない日本。いま適齢期である女性たちが出産しないことには、さらにひどい状況になると言われている。
だが、妊娠中の女性たちが危険を感じ、申し訳ないと萎縮しながら恐る恐る過ごす社会で、出生率が上がるのだろうか。
要するに、「甘えんな」的な憎しみの良い矛先にされてしまう。
「特権」に思えるのですかね。
生活保護叩きにも通じるものがあると思います。
何なんでしょう?
よっぽど皆に余裕が無くなってきているのか。
4人に1人は本気で自殺を考えた事がある
「余裕が無くなってきている」を裏付けるような調査結果の記事がありました。
解説不要ですね。
4人に1人って...
この事実の「終わってる感」
妊婦に冷たくあたるような空気を「仕方ない」等とは言いたくないですが、こんな世の中じゃ、ある意味「仕方ない」のかも...
例えば自殺考えるような人が他人に親切する余裕があるでしょうか?
そんな人が4人に1人。
例えば電車一両の中に何人いるかな?
アラフォー3人に1人が未婚。その事実、どう思う?
それから、今の世の、もう一つの残酷な事実もあります。
2015年の『国勢調査』のデータによると、35~44歳男性の未婚率は32.3%となっています。今となっては、アラフォーでも3人に1人が未婚です。
戦後初期の1950(昭和25)年では、この値はたったの2.6%でした。
半世紀以上の隔たりがあるとはいえ、この変化はスゴイ。
昔はお見合い結婚が主流で、いざとなったら周囲の取り決めで半強制的に結婚させられていたのですが、現在は違います。
自由な恋愛婚が開かれたのはいいですが、モテナイ人間にとって苦悩の時代になったともいえましょう。男性に限ってみると、身も蓋もないリアルが見えてきます。
先ほど述べたように、近年のアラフォー男性の未婚率は3割ちょっとですが、年収別にそれを計算しグラフにすると図1のようになります。年収が低い男性ほど、未婚率が高いというリニア(直線的)な傾向が認められます。
年収200万未満のワーキング・プア層では、未婚率は6割近くにもなります。
収入が上がるにつれそれは下がっていき、年収800万超のリッチでは1割前後です。正視に耐えない(残酷な)現実ですが、男性の場合、一家を養う経済力が求められるためでしょう。
「戦後」を一つの時代の区切りと考えるなら、2.6%(戦前もあまり変わらなかったんじゃないのかな?)だったものが32.3%になった。
この事実一つとっても、明白に「何かが変わった」つまり「何かが終わった」のだと言えないでしょうか?
しかも32.3%て全体の数字な訳で、ワーキング・プア層では6割近いとの事ですから、その差はもっと凄まじいですね。
ではその「ワーキング・プア」層ってどれくらいのボリュームなの?
と思ったら...
えっ!?半分以上!?
な~んだ。
私も多数派に属してたんだ。(・∀・)
良かった。
...ま、それは兎も角。
要するに、一つ確実に言える事実は
「今の時代 “結婚して子供持つ” 事は誰でも出来る当たり前の事ではない」
という事。
それでは妊婦や子供に関して「すれ違い」「共感できない」等につながりますよね...
もはや「誰しもが通る道」じゃないのだから。
むしろ上記の年収との相関関係を見れば、子供を持てる時点で「恵まれている」「余裕がある」層である確率が高く、妬み嫉みの対象になっても...
良い悪いは別にして、「仕方が無い」(不自然な事でない)
民主主義の終わり?
そんな話から考えられる事があります。
・「ある層」と「ある層」で全く話が通じない。共感できない。
・「ある層」と「ある層」で利害関係が全く一致しない。落としどころ、妥協点が見つからない。
こうなると政治は難しいのではないでしょうか?
例えば未婚者2.6%の時代なら、婚姻に関する事で、酷い話その少数派を無視しても「大した影響はない」ですね。
多分、その時代には未婚者の事など考える必要は無かった。
が、それが3割以上になったらどうでしょう?
無視できませんね。
「大体の人が納得する」ような政策が難しくなっていくと思われます。
と、ここまで書いて自分でも「なるほど」と思った事があります。
ダラダラと断片的に書いていたのに、意図せずして①の冒頭「ポピュリズム」の話につながりました。
こんな世の中だから、ポピュリズムも流行っているのではないでしょうか?
スポンサーリンク